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大阪高等裁判所 昭和40年(う)1051号 判決

被告人 井上こと井ノ上哲夫 外二名

主文

原判決中被告人井ノ上哲夫、同中山勝広、同斉藤正実に関する部分を破棄する。

被告人井ノ上哲夫を懲役一年に、被告人中山勝広を懲役六月に、被告人斉藤正実を懲役一〇月に各処する。

理由

本件各控訴の趣意は、記録に編綴の被告人井ノ上哲夫の弁護人島秀一、被告人中山勝広の弁護人石黒英雄、被告人斎藤正実の弁護人片寄秀のそれぞれ作成の各控訴趣意書に記載のとおりであるから、いずれもこれを引用する。

被告人井ノ上哲夫の弁護人島秀一及び被告人中山勝広の弁護人石黒英雄の各控訴趣意第一点について

論旨は、被告人井ノ上哲夫の関係につき原判示第五の(一)の強要の事実と同(二)の恐喝の事実及び同被告人並びに被告人中山勝広に関する原判示第六の(一)の強要の事実と同(二)の恐喝の事実、同(三)の恐喝未遂の事実は、それぞれ恐喝罪の包括一罪であるか、又は、各(一)の強要罪の履行としての事後行為であるにかかわらず、原判決がそれぞれ併合罪に問擬したのは、事実誤認ひいては法令の適用を誤つた違法があると主張するのである。

よつて記録を精査するに、原判決が、被告人井ノ上哲夫の関係につき原判示第五の(一)の強要の事実と同(二)の恐喝の事実及び同被告人並びに被告人中山勝広の関係につき原判示第六の(一)の強要の事実と同(二)の恐喝の事実、同(三)の恐喝未遂の事実をそれぞれ併合罪に問擬していることは所論のとおりである。そこで、原判示事実と対応証拠とを対照してみると、第五の事実は、被告人井ノ上哲夫、同斉藤正実は、共謀のうえ、組員が杉岡茂治の運転する原動機付自転車に接触され受傷したと言いがかりをつけて金員を喝取しようと企て、まず、原判示の日の午後二時頃南一家の威力を示して見舞金を要求し同人を畏怖させ、金五万円を支払う旨の誓約書を作成させ、同日午後四時頃、その履行として金四九、七〇〇円を交付させたという事案であり、第六の事実は、被告人井ノ上、同中山、同斉藤ほか一名は、バーの女給が、タクシー運転手今西義宏に接ぷんされたことを聞知し、共謀のうえ、これに因緑をつけて今西から金員を喝取しようと企て、原判示の日午後一時頃、謝罪金を要求し、同人を畏怖させて金五万円を支払う旨の誓約書を作成させ、同日午後四時頃道路上においてその履行として金一万円を交付させ、同時刻頃、附近の食堂において「もう一万円払え」と要求し、それを承諾させたが、被告人井ノ上が逮捕されたため喝取の目的を遂げなかつたというのであつて、いずれも被告人らが、同一人に対し、単一の恐喝犯意の遂行として、まず、金員支払の誓約書を作成させ、ついでそれを履行させ、又は、一部履行させようとした行為が接着して行われたことが明らかである。かように、単一の意思遂行としての行為が接着して行われたばあいは、これを包括して一罪を構成すると解すべきであるが、原判決が、行為の段階ごとに、刑法第二二三条の強要、同法第二四九条の恐喝又は同法第二五〇条、第二四九の同未遂の各罪が成立するものと解し、これをそれぞれ併合罪としたのは法令の適用を誤つており、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、各量刑不当の判断をするまでもなく破棄を免れない。論旨は理由がある。

被告人斎藤正実の弁護人片寄秀の控訴趣意第一について

論旨は、被告人斎藤に関する原判示第三、第四、第五の(一)、(二)、第六の(一)、(二)、(三)の事実誤認を主張するのであるが、原判決挙示の対応証拠により原判決認定の被告人斎藤に関する所論の各事実は優にこれを認めることができるから、論旨は理由がない。しかし、原判決は、原判示第五の(一)と(二)及び同第六の(一)と(二)、(三)とをいずれも併合罪に問擬しているけれども、右は、被告人井ノ上哲夫及び同中山勝広の関係において判断したように、それぞれ包括して恐喝罪の一罪と解するのを相当とし、この点において原判決には誤りがあり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、前記被告人らの利益のために原判決を破棄するのであるが、その理由が共同被告人たる斎藤にも共通であるから、刑事訴訟法第四〇一条により同被告人のためにも原判決を破棄することとする。

よつて刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八〇条により原判決を破棄し同法第四〇〇条但書により更に判決する。

原判決認定の事実を法令に照すに、被告人井ノ上哲夫の原判示第一、同第二、同第四ないし第六の各行為は、刑法第二四九条第一項、第六〇条に各該当し、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条、第一〇条により最も重いと認める原判示第五の恐喝罪の刑に法定の加重をし、被告人中山勝広の原判示第五の行為は、刑法第二四九条第一項、第六〇条に該当するが、同被告人には原判示のような前科があるので、同法第五六条、第五七条により累犯の加重をし、被告人斎藤正実の原判示第三の行為は、暴力行為等処罰に関する法律第一条(懲役刑選択)に、同第四ないし第六の各行為は、刑法第二四九条第一項、第六〇条に、それぞれ該当するが、同被告人には原判示のような前科があるので、同法第五六条、第五七条により累犯の加重をなし、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条、第一〇条により最も重いと認める原判示第五の恐喝罪の刑に、同法第一四条の制限内で法定の加重をしたそれぞれの刑期範囲内で被告人らに対し主文第二項掲記の各刑を量定して処断すべきものとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 山崎薫 竹沢喜代治 浅野芳朗)

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